フィッシュガード 観光 & サイクリングガイド

UK · Fishguard

海風が歴史を運ぶウェールズの古都

フィッシュガードという街

フィッシュガード(ウェールズ語:Abergwaun、アバーグワウン)はウェールズ南西端のペンブルックシャー州に位置する小さな港町です。人口は約3,000人。大西洋に突き出たペンブルックシャーの岬の付け根に位置し、フィッシュガード湾を抱える天然の良港として古くから交易・漁業で栄えました。しかし世界史にこの名を刻んだのは1797年2月の出来事です。フランス革命政府が送り込んだ「ラ・レジオン・ノワール(La Légion Noire、黒軍団)」約1,400名が、フィッシュガード近郊のカレガワスタッド・ポイント(Carregwastad Point)へ上陸しました。これが英国本土における最後の外国軍による侵攻となります。

侵攻を率いたのはアイルランド系アメリカ人のウィリアム・テイト大佐(Colonel William Tate)でした。フランス革命政府のバラス総裁府は、ウェールズおよびアイルランドのイギリスへの反感を利用して連合軍を形成しようと目論んでいました。テイト率いる黒軍団は元囚人や傭兵で構成された部隊で、上陸直後から規律が崩れ、周辺農家を略奪するなど統制を失います。対するフィッシュガードの地元義勇軍と民間人が集結し、わずか2日足らずで形勢は決しました。1797年2月24日、フランス軍はグッドウィック・サンズ(Goodwick Sands)で降伏し、講和条件の調印はフィッシュガードのロイヤル・オーク・イン(Royal Oak Inn)で執り行われました。

フィッシュガードはウェールズ語が日常的に使われる数少ない地域のひとつで、町の標識や案内板はウェールズ語と英語の2言語併記が徹底されています。アバーグワウンという地名は「グワウン川の河口」を意味するウェールズ語で、川と湾が出会う地形がそのまま街の名前になっています。町は上部(アッパー・タウン)と下部(ロウアー・タウン、別名クウム Cwm)の2つのエリアに分かれており、ロウアー・タウンは18世紀の漁村の景観をほぼそのまま残しています。1972年、ウェールズの詩人ディラン・トマスの戯曲を映画化した『アンダー・ミルク・ウッド(Under Milk Wood)』の撮影がロウアー・タウンで行われ、リチャード・バートン、エリザベス・テイラーら豪華キャストが石畳の路地を歩きました。フィクションのウェールズの海辺の村「ラレグブ(Llareggub)」として選ばれたことが、このひっそりとした漁村の国際的な知名度を一気に高めました。

現代のフィッシュガードを語るうえで欠かせないのが、スタナ・ライン(Stena Line)のフェリー路線です。フィッシュガード港からアイルランドのロスレア(Rosslare)まで約3時間15分、EuroVelo 1(大西洋岸ルート)を走るサイクリストにとってウェールズからアイルランドへの最重要アクセス拠点となっています。EV1はアイルランド全土を北上しベルファストへ至るルートとつながっており、フィッシュガードは文字通りアイルランド海を渡る玄関口として機能しています。鉄道はフィッシュガード&グッドウィック駅(Fishguard & Goodwick)からカーディフまでウェールズ交通(Transport for Wales)が運行しており、フェリーとの乗り継ぎ拠点としても整備されています。

観光スポット

半日〜1日で歩ける小さな町ながら、1797年の侵攻跡、映画ロケ地の漁村、灯台、そして圧倒的なペンブルックシャーの海岸線が凝縮しています。

漁村

ロウアー・フィッシュガード(ロワー・タウン)

18世紀の漁村景観をほぼ完全に残す石畳の集落。カラフルな漁師小屋が湾岸に並び、小型漁船が波止場に係留される光景は時間が止まったかのようです。1972年の映画『アンダー・ミルク・ウッド』でリチャード・バートンとエリザベス・テイラーが歩いた路地がそのまま残っており、映画ファンには聖地巡礼のスポットにもなっています。

歴史的パブ

ロイヤル・オーク・イン

1797年2月24日、フランス軍の降伏条件を定めた調印がここで行われた歴史的なパブ。現在も現役の飲み屋として営業しており、館内には侵攻に関する史料や展示が置かれています。ウェールズで最も有名なパブのひとつとして、地元の人々が今も集い、歴史が生きた場所として息づいています。

タペストリー

ラスト・インベイジョン・タペストリー

2014年に制作された全長30メートルの刺繍タペストリー。バイユー・タペストリーをモデルに、1797年の侵攻の一部始終を刺繍で描いた作品で、フィッシュガード・タウン・ホールに常設展示されています。地元のボランティアたちが数年がかりで手縫いした壮大な民間プロジェクトで、ジェミマ・ファウルが叉を手に兵士を追う場面も生き生きと描かれています。

灯台

ストランブル・ヘッド灯台

フィッシュガードから北西へ約5km、ペンブルックシャーの荒々しい岬の先端に建つ1908年建設の灯台。現在も現役で、アイルランド海と大西洋の境界を照らし続けています。灯台周辺はイルカ(ボトルノーズ・ドルフィン)や海鳥の観察スポットとしても名高く、ウェールズ最良のバードウォッチング地点のひとつに挙げられます。岬へのアクセスは細い農道沿いの歩道から。

上陸地点

カレガワスタッド・ポイント

1797年2月22日夜、フランス黒軍団が上陸したカレガワスタッド・ポイント(Carregwastad Point)はフィッシュガード湾の北岸。現在はペンブルックシャー・コースト・パスが通る断崖上の小径で、記念碑が上陸の事実を静かに伝えています。荒々しい岬の景色とその歴史的重みのギャップが印象的なスポットです。

国立公園

ペンブルックシャー・コースト国立公園

フィッシュガードを包み込むように広がるペンブルックシャー・コースト国立公園(Pembrokeshire Coast National Park)は、英国で唯一の海岸線を主体とする国立公園です。総延長299kmのコースト・パスが断崖、砂浜、入り江を縫うように続き、野生のアザラシやイルカ、海鳥の宝庫として知られています。フィッシュガードはこの国立公園の北岸エリアへの玄関口にあたります。

歴史的建造物

フィッシュガードのマーケット・スクエアに建つロイヤル・オーク・インは、1797年2月24日に英国最後の本土侵攻の終幕を刻んだ場所です。ウェールズ義勇軍の司令官コロネル・ノックス(Colonel Knox)とフランス軍のテイト大佐が向かい合い、降伏条件の書面に署名したテーブルは今も店内に残され、訪問者が触れることのできる「生きた史料」として大切に保管されています。建物の外壁には記念銘板が掲げられ、その歴史的な役割を静かに伝えています。現在も現役の地元パブとして営業しており、ウェールズの地ビールを片手に歴史の重みを感じることができます。

1797年の侵攻を受け、英国政府はフィッシュガード湾の入口に砲台要塞を急造しました。フォート・フィッシュガードはグッドウィック側の断崖に建設された小規模な要塞で、湾への侵入を阻む海防の役割を担いました。現在は廃墟となった石造りの壁と砲台座が残るのみですが、フィッシュガード湾を見下ろす好立地にあり、眺望スポットとしても訪問者が立ち寄ります。侵攻後わずか数年で築かれた要塞は、フランス侵攻がいかに英国沿岸防衛の意識を高めたかを物語っています。

街道や古道

ペンブルックシャー・コースト・パス(Pembrokeshire Coast Path)は全長299kmの長距離歩道で、英国内でも最も美しいとされる海岸歩道のひとつです。フィッシュガード湾の北から南まで断崖の縁を伝うこのルートは、1970年に英国初の海岸長距離歩道として指定されました。フィッシュガード周辺区間では、カレガワスタッド・ポイントへの道や、ストランブル・ヘッドへの岬越えが特に人気のルートです。荒々しい岩礁と静かな砂浜が交互に現れ、野生のアザラシやイルカ、ツノメドリ(パフィン)に出会えることもあります。2012年にはウェールズ全土の海岸線をつなぐ「ウェールズ海岸パス(Wales Coast Path)」の一部として組み込まれ、総延長1,400kmの海岸歩道ネットワークに発展しています。

フィッシュガードから南へ約16kmに位置する聖デイヴィッズ(St Davids)は、ウェールズの守護聖人・聖デイヴィッドが6世紀に修道院を築いた場所で、イギリスの聖地のなかでも最重要のひとつに数えられます。12世紀、教皇カリクストゥス2世は「聖デイヴィッズへの巡礼2回はローマへの1回に相当する」と宣言し、中世を通じて莫大な数の巡礼者がウェールズの地を目指しました。フィッシュガードはその巡礼路上の中継地点として機能し、アイルランドや大陸から船で渡ってきた巡礼者たちが上陸して聖地へ向かう際の拠点となりました。現代でも聖デイヴィッズへの徒歩・サイクリングルートはウェールズ巡礼文化の継承として多くの旅行者に歩かれています。

料理とお酒

ペンブルックシャーはウェールズのなかでも食の宝庫として知られており、大西洋の新鮮な魚介と緑豊かな農地の産物が食卓を彩ります。フィッシュガード湾で水揚げされるカニやロブスター、ムール貝は地元レストランで味わえます。そして何より、ウェールズ料理の魂ともいえる一品がカウル(Cawl)です。ウェールズ語で「スープ」を意味するこの料理は、羊肉(ラム)とリーク(西洋ネギ)、ニンジン、パースニップなどの根菜を長時間煮込んだ素朴で滋味深いシチューで、冬のウェールズの食卓の象徴です。

FOOD

カウル(Cawl)——ウェールズの魂が詰まった羊肉とリークのスープ

ウェールズの国民的スープ料理。骨付きラム肉(またはビーフ)をリーク、ニンジン、パースニップ、スウェード(カブの一種)とともに数時間煮込み、滋養豊かなスープを作ります。伝統的には一日目に肉と野菜を煮て、二日目に表面に固まった脂を取り除いてからリークを加え直すとされており、「二日目のカウルは美味しい」と言われます。ペンブルックシャーのパブやティールームでは、厚いスライスのウェールズ産チェダーチーズと共に供されるのが定番の食べ方です。

ウェールズのクラフトビール醸造所は近年急増しており、ペンブルックシャー周辺にも個性的な地ビールが揃っています。テンビー(Tenby)を拠点とするテンビー・ハーバー・ブリュワリー(Tenby Harbour Brewery)は、大西洋の潮風と港町の文化にインスパイアされたIPAやペールエールを醸造しています。フィッシュガードのパブでは地元産のウェールズ・エール(Welsh Ale)が並び、パイント片手に1797年侵攻の話で盛り上がるのがこの町ならではの体験です。ウイスキーではウェールズ初の本格的なシングルモルト蒸留所として知られるペンダーリン蒸留所(Penderyn Distillery)がウェールズ産ウイスキーのブランドを確立しており、土産品としても人気があります。

DRINK

ペンダーリン・シングルモルト・ウイスキー——ウェールズ復活の蒸留酒

2000年に設立されたペンダーリン蒸留所は、400年以上ぶりにウェールズでシングルモルト・ウイスキーの製造を復活させた蒸留所です。ウェールズ南部のブレコン・ビーコンズ国立公園の湧き水を使い、独自のポットスチル(蒸留器)でつくるペンダーリンは軽くフルーティな香りが特徴。マデイラ樽での熟成が生む滑らかな甘みがスコッチとは一線を画しています。ウェールズ産チーズや燻製サーモンとの相性も抜群で、フィッシュガードのデリやギフトショップでも購入可能です。

お祭り

毎年5月にフィッシュガードで開催される「フィッシュガード・フォーク・ミュージック・フェスティバル(Fishguard Folk Music Festival)」は、1976年に始まりウェールズで最も歴史ある民俗音楽祭のひとつです。ケルト音楽、ウェールズの伝統歌謡、アイリッシュ・フォーク、ブルターニュのダンス音楽などが入り混じる週末のフェスティバルで、ロイヤル・オーク・インをはじめ町のパブや広場が会場となります。

フィッシュガードがアイルランド、ブルターニュ、コーンウォールとのケルト文化圏の結節点であることが、このフェスティバルの多様性を生んでいます。アイルランドからフェリーで渡ってきた演奏者が港から直接ステージに上がることもあり、大西洋のケルト海峡を越えた文化交流の縮図ともいえます。プロのミュージシャンから地元アマチュアまでが混じり合うアットホームな雰囲気が特徴で、パブのセッション(即興演奏会)に飛び入り参加する旅行者の姿も見られます。

このほか、7月には「フィッシュガード・バイ・ザ・シー(Fishguard by the Sea)」と呼ばれる夏の祭典が開催され、海岸線でのイベント、地元食材を使った食のマーケット、子ども向けの工作や海洋体験プログラムが週末を通じて行われます。フィッシュガード湾を舞台にしたカヤックやセーリングのデモンストレーションも人気です。

土地の記憶

1797年2月22日深夜、フィッシュガード湾の北岸に4隻のフランス軍艦が静かに姿を現しました。その船腹から降り立った「ラ・レジオン・ノワール」の兵士たちは、革命フランスの旗を持ってウェールズの岸壁に上陸しました。しかし4日後、彼らはその旗を巻いて降伏する。英国史上最後の本土侵攻は、拍子抜けするほどあっさりと終わりを迎えました。

フランス革命政府が編成した「黒軍団」は、元囚人・脱走兵・傭兵で構成された2,000名規模の部隊でした。本来は4,000名を超える大部隊でアイルランドへの上陸を狙っていたものの、嵐でアイルランド上陸に失敗したのち、急遽ウェールズへ変更を余儀なくされました。カレガワスタッド・ポイントに上陸した約1,400名は、武装した整然たる軍隊というより、統制を失った略奪集団に近い状態で農村を荒らし回りました。地元住民が逃げた後に残された食料やアルコールを大量に消費し、部隊の士気はみるみる失われていきました。

フィッシュガードの靴職人ジェミマ・ニコラス(Jemima Nicholas、後に「ジェミマ・ファウル Jemima Fawr=大きなジェミマ」と呼ばれた)は、上陸したフランス兵を野原で見つけるや否や、農作業用の叉(ピッチフォーク)を手に単身で立ち向かいました。酒に酔い疲弊していた兵士12名を彼女は次々に捕らえ、教会に監禁したと伝えられています。ジェミマの行動は地元義勇軍の士気を大いに鼓舞し、フランス兵たちの戦意がすでに折れていたことを示すエピソードとして英国史に刻まれました。彼女の墓はセント・メアリーズ教会の境内にあり、「ウェールズの英雄的女性(the Welsh Heroine)」と刻まれた記念碑が今も訪問者を迎えています。

1797年2月24日、フランス軍は全員がグッドウィック・サンズ(Goodwick Sands)に武装解除して整列し、正式に降伏しました。講和条件の書面はフィッシュガードのロイヤル・オーク・インで署名されました。この文書は「フィッシュガードの講和(Treaty of Fishguard)」として知られ、英国本土における外国軍の最後の降伏文書となりました。テイト大佐が署名したその調印文書の複製と、当日の調印に使われたとされるテーブルが今もロイヤル・オーク・インに残されており、パイントを傾けながら英国最後の本土侵攻の記憶に触れることができます。

サイクリング

フィッシュガードは小さな港町ですが、EV1(大西洋岸ルート)のアイルランド渡航拠点として自転車旅行者に欠かせない地点です。ペンブルックシャーの海岸線、聖デイヴィッズへの巡礼路、そしてアイルランドへ続くフェリー——この町を起点にしたサイクリングは、ウェールズのケルト的な風景と大西洋の波風を全身で感じる体験となります。

ROUTE 1 · 約 12 km

フィッシュガード湾・タウン周回ライド

アッパー・タウンのマーケット・スクエアを出発し、ロウアー・タウン(クウム)の漁村を経て、グッドウィックのフェリー港、さらにカレガワスタッド・ポイントへの分岐点あたりまで湾岸を走り折り返す平坦ルート。フィッシュガード湾の全景と1797年侵攻の舞台となった地形をつぶさに確認でき、起伏が少ないため初心者にも適しています。ロウアー・タウンの石畳は自転車を降りて押し歩きするのがおすすめです。

ROUTE 2 · 約 50 km / 獲得標高 700 m

ペンブルックシャー・コースト・ライド

フィッシュガードを起点に南西へ向かい、断崖と入り江が続くペンブルックシャー・コースト国立公園の北岸を走るルート。ストランブル・ヘッドの岬先端へ寄り道しながら、ケルト海の絶景を楽しみます。アップダウンが多いものの舗装路が整備されており、健脚のサイクリストであれば聖デイヴィッズ(St Davids)まで南下して中世の大聖堂を訪れることもできます。ペンブルックシャーならではの野生のアザラシや海鳥を路肩から観察できる機会も多いルートです。

ROUTE 3 · 約 65 km / 獲得標高 850 m

EV1 聖デイヴィッズ巡礼ルート

フィッシュガードからウェールズ国道 A487 と並行する内陸路・海岸路を組み合わせ、聖デイヴィッズ大聖堂を目指す往復ルート。英国最小の都市(人口約2,000人)でありながらウェールズ随一の巡礼地である聖デイヴィッズは、6世紀に聖デイヴィッドが修道院を建てた場所。中世の巡礼者たちが歩いたルートをほぼそのまま自転車でたどれます。帰路は内陸のカウンティ道を通り、ペンブルックシャーの緑の農地を走るのも爽快です。

EuroVelo 1(大西洋岸ルート)を走るサイクリストにとって、フィッシュガードはウェールズ区間のハイライトのひとつです。EV1はフィッシュガードからスタナ・ライン(Stena Line)のフェリーでアイルランドのロスレア(Rosslare Europort)へ渡り(所要約3時間15分)、そこからアイルランドのEV1区間(ウォーターフォード、コーク、リムリックを経て北上)へと接続します。ウェールズ区間のEV1は南ウェールズの「セルティック・トレイル(Celtic Trail、NCN Route 4・82)」とも重なり、カーディフやスウォンジーを経てフィッシュガードへ至るルートが整備されています。自転車はフェリーにそのまま持ち込め(追加料金あり・事前予約推奨)、スタナ・ラインのオンラインから予約可能です。

アクセスと交通

最寄りの国際空港はカーディフ国際空港(Cardiff Airport, CWL)で、フィッシュガードから東へ約160km。ロンドン・ヒースロー(LHR)やアムステルダムからの便が発着します。空港からカーディフ市内へはバス連絡があり、そこから鉄道でフィッシュガード方面へ向かいます。ブリストル空港(BRS)もアクセス圏内で、ブリストルからカーディフ経由でのルートも選択肢になります。日本からの場合はロンドン・ヒースロー経由でカーディフへ入るのが最も一般的なルートです。

カーディフ・セントラル駅(Cardiff Central)からウェールズ交通(Transport for Wales)の列車でフィッシュガード&グッドウィック駅(Fishguard & Goodwick)まで約3時間30分〜4時間(スウォンジーで乗り換えあり)。ロンドン・パディントンからはカーディフまでグレート・ウェスタン・レイルウェイ(GWR)で約2時間、そこから乗り換え。自転車の持ち込みはウェールズ交通では事前予約制(無料)。フィッシュガード&グッドウィック駅はスタナ・ラインのフェリー乗り場(グッドウィック港)に隣接しており、鉄道とフェリーの乗り継ぎが非常にスムーズです。

スタナ・ライン(Stena Line)がフィッシュガード(グッドウィック港)からアイルランドのロスレア・ユーロポート(Rosslare Europort)まで毎日2便を運航しています(所要約3時間15分)。自転車はそのまま持ち込み可能(追加料金あり・事前予約推奨)。EV1を走るサイクリストにとってウェールズとアイルランドを結ぶ最短・最重要のフェリー路線です。ロスレアからはアイルランドのEV1区間(ウォーターフォード、コーク方面)へ直接つながります。

フィッシュガードは徒歩でも主要スポットを回れるコンパクトな町です。アッパー・タウン(マーケット・スクエア周辺)とロウアー・タウン(ロワー・フィッシュガード)、グッドウィック(フェリー港)の3エリアは徒歩15〜20分圏内にあります。バスはペンブルックシャー・カウンティ・コウンシルが運営するローカル路線が複数走っており、カーマーゼン(Carmarthen)方面やハーバーフォードウェスト(Haverfordwest)方面へ接続しています。聖デイヴィッズへはバスでも約45分。レンタカーがあると国立公園内の探索が大幅に広がります。

ベストシーズン

春(4〜5月)と秋(9〜10月)が最も快適。気温12〜18℃、大西洋の風のなかで海岸ウォークやサイクリングが楽しめます。5月はフィッシュガード・フォーク・ミュージック・フェスティバルも開催され、町がケルト音楽に包まれる時期です。夏(6〜8月)は18〜22℃と過ごしやすく、ペンブルックシャーの砂浜やカヤック、イルカ観察クルーズなどの海のアクティビティが盛んになります。観光客がやや増えますが、ロンドンなどの都市部に比べれば混雑は控えめです。冬(11〜2月)は5〜10℃で、ウェールズの海洋性気候により比較的温暖ですが、大西洋低気圧の影響を受けやすく強風と雨天が続く時期があります。冬季でもフェリーは運航していますが、荒天時は欠航することもあるため渡航計画には余裕を持たせましょう。バードウォッチングやストームウォッチングを楽しむ旅行者は冬の訪問者にも一定数います。