ポー 観光 & サイクリングガイド

France · Pau

アンリ4世誕生の城とジュランソンの白ワイン

ポーという街

ポー(Pau)はフランス南西部、ピレネー=アトランティック県の県庁所在地です。人口は約7万7,000人(都市圏約25万人)。ガーヴ・ドゥ・ポー川が流れる台地の上に広がるこの街は、かつて独自の文化と言語(ガスコーニュ語)を持つベアルン伯国の中心地として栄えました。中世から近世にかけて、ポーはピレネー山脈を挟んでスペインと向き合う戦略的な要衝であり、小さいながらも独自の宮廷文化を育んだ都市です。

1553年、ポーのシャトー(城)でひとりの男の子が生まれました。後のフランス王アンリ4世(Henri IV)です。彼の祖父アンリ・ダルブレ王は孫誕生の際、「勇敢でたくましい子に育つよう」との願いを込め、赤ちゃんの唇に地元産のジュランソンワインとにんにくを塗ったと伝えられています。この逸話はベアルンの気骨の象徴として今も語り継がれています。アンリ4世は後にカトリックに改宗してフランス王位を継承し、1598年に「ナントの勅令」を発布してカトリックとプロテスタントの宗教内戦に終止符を打ちました。プロテスタントとして生まれ、宗教的寛容の象徴となった王の生誕地として、ポーはフランス史に特別な位置を占めています。

19世紀、ポーは英国の上流階級に「ヨーロッパで最も快適な冬の保養地」として発見されます。ウェリントン公爵が半島戦争(1808〜1814年)の際にポーに滞在してその気候と景観を絶賛したことが口コミで広まり、1800年代半ばには英国人・スコットランド人の富裕層がポーに続々と移住しました。彼らはゴルフコースを作り(ポー・ゴルフクラブは1856年創設で、フランス最古のゴルフ場)、競馬場を建設し、英国様式の住宅を建てました。街の北縁を走る「ブールバール・デ・ピレネー(Boulevard des Pyrénées)」は、英国人たちがピレネー山脈の眺望を楽しむために整備したプロムナードで、快晴の日には山並みが地平線の彼方まで続く壮観を望めます。

現代のポーはピレネーへの玄関口として、登山家、スキーヤー、そして自転車愛好家が集まる拠点都市となっています。ツール・ド・フランスはポーを、パリ以外の都市の中で最も多くステージフィニッシュを迎えた都市のひとつとしており、毎年7月になると街中がサイクリングムードに包まれます。オービスク峠(Col d’Aubisque)やトゥルマレ峠(Col du Tourmalet)へのアクセス拠点として、世界中のサイクリストがポーを起点に伝説的なピレネーの峠へ向かいます。

観光スポット

城と旧市街、ピレネーの展望台、美術館と英国人が残した遺産まで、1〜2日でじっくり回れるコンパクトな街です。

シャトー・ド・ポー(ポー城)

14世紀に建設が始まり、16世紀にベアルン女王マルグリット・ド・ナバルが大規模な改築を行った城。1553年にアンリ4世が生まれた部屋と、彼が眠ったとされる亀の甲羅製の揺りかご(ゆりかご)が保存されており、フランス王家ゆかりの調度品を展示する国立城博物館として公開されています。正面の景観とファサードの優美さはピレネー地方の建築を代表するものです。

展望台

ブールバール・デ・ピレネー

19世紀に英国人たちが整備したポー随一の景観散歩道。全長1.8kmにわたり城壁沿いを走るプロムナードからは、快晴の日にはピレネー山脈のパノラマが広がります。アンリ4世の時代から続く城の姿と、その先に連なる雪をいただいた峰々の組み合わせは、このブールバールならではの絶景です。4月〜5月の晴れた日、雪解けの白い山並みと春の緑が同時に楽しめる時期が最高です。

美術館

ポー美術館(Musée des Beaux-Arts)

ルーベンス、エル・グレコ、ドガ、コローなど15〜20世紀の欧州絵画を所蔵する充実した美術館。中でもエドガー・ドガの「綿花取引所」(1873年)は地方美術館の所蔵としては異例の傑作として知られています。入館料は手頃で、外観もエレガントな19世紀の建物です。

交通

フュニキュレール(ケーブルカー)

1908年開業のケーブルカーで、下町の鉄道駅(ポー駅)とブールバール・デ・ピレネーを結んでいます。高低差約50m、所要約1分。無料で乗車でき、地元市民の日常的な移動手段として現役で活躍しています。自転車の持ち込みも可能で、サイクリスト にとっては坂を上らずに済む便利な移動手段です。

旧市街

ポー旧市街とアンリ4世通り

シャトー周辺に広がる旧市街は、石畳の路地とカフェ、ブティック、地元マルシェが混在する生き生きとした街並みです。「アンリ4世通り(Rue Henri IV)」はカフェやレストランが立ち並ぶメインストリートで、地元の学生や市民が集う場所。毎週土曜日に立つマルシェ(朝市)では地元産のジュランソンワイン、チーズ、フォアグラ、ピレネーの農産物が並びます。

モータースポーツ

ポー・グランプリ公道サーキット

毎年5〜6月頃、ポー市街地の公道を使用したモータースポーツイベントが開催されます。ポー・グランプリは1930年の第1回以来の歴史を持ち、ヨーロッパで最も古い公道サーキットレースのひとつ。F2や歴史的なフォーミュラカーが街中を走り抜け、観客は街路に張り出した仮設スタンドから間近でレースを観戦します。

世界遺産

ポー周辺のピレネー・アトランティック県は、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路「フランスの道(Routes de Saint-Jacques-de-Compostelle en France)」のUNESCO世界遺産登録区間に含まれています。1998年に登録されたこの遺産は、フランス国内の4本の主要巡礼路(パリ、ヴェズレー、ル・ピュイ、アルル起点)が集結してピレネーを越える区間を中心に、関連する教会・礼拝堂・橋・宿泊施設などが一体として認定されています。ポーから南約50kmに位置するオロロン=サント=マリーやモーレオン、そしてサン=ジャン=ピエ=ド=ポー(Saint-Jean-Pied-de-Port)は、巡礼路上の主要な経由地であり世界遺産登録地です。サン=ジャン=ピエ=ド=ポーはスペイン側への峠越えの起点として世界中の巡礼者が集まる場所で、ポーから日帰りで訪れることができます。

ポー城はUNESCO世界遺産への単独登録はされていませんが、フランス文化省の「歴史記念物(Monument Historique)」として最高ランクの指定を受けており、現在は国立博物館(Musée National du Château de Pau)として運営されています。14世紀の基礎の上に15〜16世紀に建設された城は、ベアルンのゴシック様式とルネサンス様式が融合した建築で、王家の調度品や絵画のコレクションとともに公開されています。アンリ4世が生まれた部屋と、彼が眠ったとされる亀の甲羅製の揺りかごは特に注目の展示です。

街道や古道

ポーを南北に貫くように走るのが、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路「ヴィア・トゥロネンシス(Via Turonensis)」の一部です。トゥール(Tours)を起点とし、ポワティエ、ボルドー、ダックスを経てポーの南方に至り、やがてサン=ジャン=ピエ=ド=ポーへとつながります。中世の巡礼者たちはピレネーを越えてスペインのサンティアゴを目指しており、ポーはその途上の宿泊地・礼拝地として機能していました。現代でもこのルートはGR65(グランドランドネ65)として整備された長距離歩道で、毎年多くの現代の巡礼者がポーを通過します。

古代ローマ時代、ポーの周辺地域にはローマの属州アキテーヌを南北に結ぶ街道が走っており、ピレネーを越えてイベリア半島とガリア(フランス)を結ぶ交易ルートの一角を担っていました。中世になるとベアルン地方は岩塩の産地として知られ、ピレネーの塩鉱(ソルト・デ・サランク Salins de Laruns など)から採掘された塩をオルテズやボルドーへと運ぶ「塩の道(Route du Sel)」が発達しました。このルートは後の交易路の骨格となり、現在も一部が地方道として残っています。ポーを起点とするサイクリングでは、この歴史的なルートをたどりながらガーヴ・ド・ポー川沿いの谷を遡る旅が楽しめます。

料理とお酒

ポーが位置するベアルン地方はガスコーニュ料理の系譜を引く豊かな食文化の地です。鴨とフォアグラ、豚、豆類、キャベツが食卓の主役で、バターやアヒルの脂で調理するコクのある味わいが特徴。ピレネーの山地では羊のチーズ(オッソー・イラティ)が生産されており、地元のマルシェで手軽に購入できます。そして何といってもポーの食体験を象徴するのがガルビュール(Garbure)と地元のジュランソンワインの組み合わせです。

FOOD

ガルビュール——ベアルンの魂が詰まった鴨と豆のスープ

ガルビュール(Garbure)はベアルン・ガスコーニュ地方を代表する伝統的なポトフ(煮込みスープ)です。鴨のコンフィ、豚の塩漬け肉、白インゲン豆、キャベツ、ニンジン、ネギ、さつまいもなどを大鍋でじっくり煮込んだボリューム満点の一品。スープはスプーンをまっすぐ立てられるほど濃厚で、「スープを食べる」という表現がぴったりの料理です。ベアルンの農家では、スープの最後に赤ワインを少し加えて飲む「シャブロ(chabrot)」という習慣があり、これも地元の文化として親しまれています。

ポー周辺で生産される最も有名なワインがジュランソン(Jurançon)です。ポーの南に広がる丘陵地帯で栽培されるグロ・マンサンとプティ・マンサン種のブドウから作られる甘口・辛口の白ワインで、アンリ4世誕生の際に唇に塗られたという伝説で一躍有名になりました。甘口(ジュランソン・ムワルー)は蜂蜜・アプリコット・スパイスのニュアンスが豊かで、フォアグラとの相性が抜群。一方の辛口(ジュランソン・セック)はきりりとしたミネラル感があり、ピレネーの魚料理や地元のチーズに合います。

DRINK

ジュランソン・ムワルー——アンリ4世の唇を潤したベアルンの白ワイン

ジュランソンA.O.P.の甘口白ワイン「ムワルー(Moelleux)」は、プティ・マンサン種のブドウを遅摘み(パスリヤージュ)してブドウの糖度を凝縮させた、複雑で豊かな甘みが特徴です。蜂蜜、白桃、アプリコット、ドライフルーツ、シナモンのニュアンスが重なり合い、余韻が非常に長い。アペリティフとしてフォアグラやロックフォールと合わせるほか、単独でデザートとして楽しむのもベアルン流です。生産者はシャトー・ジュリアンやカン・ペイルス、ドメーヌ・ベランヌ・アバディアなどが知られています。

お祭り

1930年から続くポー・グランプリは、ヨーロッパで現存する最古の公道モータースポーツレースのひとつです。市街地の公道2.76kmを封鎖して作るサーキットで、フォーミュラ2・フォーミュラ3・歴史的レーシングカーのレースが行われます。仮設スタンドが設置された市街地のすぐ脇をレーシングカーが全速力で駆け抜け、観客との距離感が桁違いに近いのが最大の魅力です。レース期間中は旧市街も賑わい、昭和のF1黄金期を思い起こさせるような熱気が街を包みます。

ツール・ド・フランスのポー・ステージも、毎年行われるわけではありませんが、ピレネー山岳ステージの前後日程としてポーがスタートまたはゴールに選ばれる年があります。アンリ4世通りやブールバール・デ・ピレネー沿いにゴールアーチが設置され、世界のサイクリングファンが集まる熱狂的な雰囲気が市内を包みます。

毎年秋(10〜11月)には「ジュランソン収穫祭(Fête des Vendanges de Jurançon)」がジュランソン村(ポー南隣)で開催され、地元ワイン農家が軒を並べてその年の新酒を披露します。試飲片手に地元生産者と直接話せるアットホームなワインイベントで、観光客も気軽に楽しめます。

土地の記憶

1553年12月13日、ポーのシャトーで産声を上げた赤ちゃんがいました。祖父アンリ・ダルブレ王は孫の誕生に際し、「この子がベアルンの子であることを忘れぬよう」と祈りながら、生まれたばかりの赤ちゃんの唇にジュランソンのワインとにんにくを塗りました。「勇敢であれ、臆さず前に進め」という願いを込めたこの儀式は、今日もベアルンの人々の精神の拠り所です。その子こそ後のアンリ4世——フランス史上最も愛された王のひとりです。

アンリ・ダルブレ王が孫のために用意した揺りかごは、大型の亀の甲羅を磨いて作ったものでした。亀はベアルンの紋章にも使われるシンボルで、「堅固さと長寿」を表します。この揺りかごは現在もポー城の博物館に展示されており、フランス王家の遺産の中でも特にユニークな展示物として訪問者の目を引きます。小さな亀の甲羅の揺りかごを前にすると、500年前の誕生の情景が鮮やかに浮かんできます。

プロテスタント(ユグノー)の家系に生まれたアンリ4世は、カトリックとプロテスタントの激しい宗教内戦(ユグノー戦争)の渦中を生き延びました。1572年、サン・バルテルミの虐殺でパリのプロテスタント数千人が殺された「血の結婚式」の際、アンリはかろうじて命を救われています。フランス王位を継承するためカトリックに改宗した彼は、「パリはミサに値する(Paris vaut bien une messe)」と言ったと伝わります。そして1598年、ナントの勅令を発布してユグノーに信仰の自由を認め、40年近くに及んだ宗教内戦に終止符を打ちました。ベアルンで生まれ、二つの信仰の間で生き、最後に和解を命じた王——その記憶がポーの城に今も宿っています。

19世紀の英国人移住者たちがポーに残した遺産は単なる建築にとどまりません。1856年創設のポー・ゴルフクラブ(Pau Golf Club)はフランス最古のゴルフ場として今も現役です。スコットランドから移住した英国人たちが母国の娯楽を持ち込み、ピレネー山脈を背景にしたコースを作り上げました。また競馬場(Hippodrome de Pau)も英国人の影響で整備されたもので、現在もフランス競馬の地方開催地として知られています。英語のメニューを置くパブや英国式の建築様式の住宅が今もポー市内に残り、この小さな南仏の街が一時期「英国人のリゾート地」として機能していた歴史の名残をとどめています。

サイクリング

ポーはピレネー山岳サイクリングの最高の前線基地です。市街地のフラットなライドから、峠を越える本格的なヒルクライムまで、あらゆるレベルのサイクリストが楽しめるルートが揃っています。ツール・ド・フランスで幾度となく使われてきた伝説の峠たちが、ここから自転車で直接アクセスできます。

ROUTE 1 · 約 25 km

ポー市街地+ジュランソンぶどう畑ライド

ポー城からブールバール・デ・ピレネーを走り、ガーヴ・ド・ポー川沿いを南下してジュランソン村のワイナリーを訪問する平坦なポタリングコース。ぶどう畑の丘と遠景のピレネーを眺めながら走れる景観ルートで、前半の旧市街ライドと後半のワイナリー試飲が合わさった充実の半日コースです。

ROUTE 2 · 約 55 km / 獲得標高 450 m

ポー〜ロルド(Lourdes)巡礼の道

ガーヴ・ド・ポー川沿いに南東へ走り、世界的なカトリック巡礼地ロルドへ至るルート。川沿いの平坦な農村地帯を走りながら、行く手にピレネーの山並みが迫ってくる達成感のある道です。ロルドの聖母出現洞窟(グロット・ド・マサビエル)を訪問し、世界中から集まる巡礼者の熱気を体感してからポーへ戻るルートは、サイクリングと文化体験を合わせた充実の一日コースです。

ROUTE 3 · 約 85 km / 獲得標高 1,190 m

ツール・ド・フランス伝説のコル・ドービスク(Col d’Aubisque)

ポーから西へローラン=ガロ(Laruns)を経てオービスク峠(Col d’Aubisque、標高1,709m)へ挑む本格ヒルクライム。ツール・ド・フランスに1910年から幾度となく登場する伝説の峠で、山肌に刻まれた数々の英雄の名前が走る力を与えてくれます。峠頂上からはピレネーの360度パノラマが広がり、視界が良ければスペイン領ピレネーまで一望できます。下りはゴルジュ・ドゥ・ポー(Gorges du Houl)の断崖沿いを走る迫力のルートです。

ポーはEuroVeloルートの幹線上には位置しませんが、EV1(大西洋岸ルート)が通るボルドーから南東に約200km、EV8(地中海沿岸ルート)に近いトゥールーズからも約170kmと、複数のEVルートの内陸側拠点として機能します。ポーからピレネーを越えてスペイン側のハカ(Jaca)へ抜けるルートは、カミーノ(GR65)と重なる山岳越えルートで、上級サイクリストには憧れの越境ライドとなります。また、大西洋側のサン=ジャン=ド=リュズ(Saint-Jean-de-Luz)方面へのEV1接続も、ポーを起点に日帰りまたは1泊2日で組み込めます。

アクセスと交通

ポー・ピレネー空港(Pau Pyrénées Airport, PUF)はポー市内から北へ約7km。パリ(CDG/オルリー)、リヨン、ニースなどフランス国内線のほか、ロンドン・スタンステッド(Ryanair)などヨーロッパへの便もあります。日本からの場合はパリ・シャルル・ド・ゴール空港(CDG)でエール・フランスに乗り継ぎポーへ、またはTGVでパリ・モンパルナス駅からポー駅まで約4時間(乗り換え1回)が一般的なルートです。

パリ・モンパルナス駅からTGVでボルドー・サン=ジャン駅まで約2時間、そこからTERでポー駅まで約2時間(合計約4時間)。ボルドーから直通TERを使えば乗り換え1回で到着できます。ポー駅は市街地(下町)にあり、フュニキュレール(無料ケーブルカー)で上町のブールバール・デ・ピレネー方面へ直結しています。自転車の持ち込みはTERでは専用スペース利用(無料)、TGVでは事前予約制(有料)です。

市内はSTAPバス(STAP réseau Idelis)が運行。主要観光スポットへのアクセスに便利です。上町と下町(駅)をつなぐフュニキュレール(ケーブルカー)は無料で自転車持ち込み可能。ポー市はサイクリングインフラの整備に力を入れており、市内に専用自転車レーンが整備されています。レンタル自転車(IBou)もポー駅周辺などで利用可能です。ピレネー方面へ向かう際は、国道RD934(ラルン方面)沿いのサイクリスト向けルートが整備されています。

ベストシーズン

春(4〜5月)と秋(9〜10月)がサイクリングと観光の両方に最適なシーズン。気温14〜22℃、ピレネー山頂にはまだ雪が残り、山並みのパノラマが最も美しい時期です。5〜6月はポー・グランプリの期間で、街が活気に包まれます。夏(6〜8月)は25〜32℃と暑くなりますが、ピレネーの峠は標高が高いため快適に走れます。7月にツール・ド・フランスのポー・ステージがある年は宿泊予約が早めに埋まるので注意。冬(11〜2月)は4〜10℃で雨が多い時期ですが、ピレネーのスキーリゾートへの玄関口としてウィンタースポーツ客で賑わいます。市街地のサイクリングは冬でも可能ですが、峠道は閉鎖されることがあります。