ラ・ロシェル 観光 & サイクリングガイド

ラ・ロッシェル

France · La Rochelle

城壁と海に守られた都市

ラ・ロシェルという街

大西洋の港湾都市、塩とワインと独立の歴史

ラ・ロシェルはフランス西部、大西洋に面した中世以来の海港都市。12世紀から塩・ワイン・タラの交易で繁栄し、絶頂期には「大西洋の女王」とも呼ばれたほどです。周辺のシャラント=マリティーム県の沿岸に広がる塩田(マレ・ソラン)は、中世ヨーロッパ最大級の塩の生産地。その塩がハンザ同盟を通じてフランドル・イングランド・スカンジナビアへと輸出され、内陸のボルドーやシャラント産のワインも港から積み出されました。街は中世フランスを代表する国際商業都市として栄えていきます。

宗教改革期に入ると、ラ・ロシェルはユグノー(フランスのプロテスタント)の最重要拠点となります。独立心の強い商人たちがカトリックの王権に抗い、自治権を主張し続けた街。そして1628年、リシュリュー枢機卿が率いる王軍に14ヶ月にわたって包囲され、市民の大半が飢餓と疫病で命を落とす大惨事が起きます。この「ラ・ロシェル包囲戦」の記憶は、街の石畳の一つひとつに刻まれており、今もラ・ロシェルの人々の質朴さと独立心の源になっているといわれます。

自転車共有発祥の街、EV1の重要拠点

ラ・ロシェルが自転車旅にとって特別な意味を持つのは、1976年、世界で初めて公共自転車共有システム「Vélos Jaunes(黄色い自転車)」が誕生した街だからです。当時の市長ミシェル・クレポーが「自転車を市民の自由な移動手段にする」というビジョンを掲げ、70台の黄色い自転車を街中に設置。有料駐車場の代わりに自転車を置くという、世界に先駆けた取り組みでした。このシステムは後のパリ・ヴェリブやヨーロッパ各地のバイクシェアの原型となり、今もその精神は市営シェアサイクル「Yélo」として生き続けています。

サイクリングルートとしても、ラ・ロシェルはEuroVelo 1(大西洋岸ルート、フランス区間名「La Vélodyssée」)の中継拠点として知られています。大西洋を北上・南下するサイクリストの多くがここに数日滞在し、レ島やオレロン島への島内サイクリングを楽しんでから旅を続けます。整備された自転車道は市内だけで約250km。自転車で走るために設計されたような街、それがラ・ロシェルです。

観光スポット

街は徒歩・自転車でゆったり巡れるサイズ。
旧港の 3 つの塔は共通チケット(Pass 3 Tours、約 11 €)で全て入場できます。

中世要塞

サン・ニコラ塔と鎖の塔

サン・ニコラ塔は14 世紀、旧港の入口を守るため建てられた高さ 42 m の要塞塔。5 階建ての内部は螺旋階段で繋がり、最上階のテラスからは大西洋を一望できる。3 塔の中で最も豪壮。サン・ニコラ塔と対をなして港の入口に立つ。塔と塔の間を太い鎖で繋いで夜間や戦時に港を閉じた。現在は「ニューフランス(カナダ植民地)への移民史」を展示する博物館。

中央の旧港の出口に2つの塔が建っています。左の丸いのが鎖の塔。空撮では潰れて見えないですが、右側がサン・ニコラ塔。

中世要塞

灯台の塔

15 世紀建造の 8 角塔。かつては灯台を兼ねた牢獄でもあり、内壁に当時の囚人たちが刻んだ 600 以上の落書き(船の絵、十字架、名前)が今も残る、独特の歴史的価値。

旧市街

大時計門と旧市街

旧市街の入口に立つ 14 世紀の大時計門(Grosse Horloge)。アーケード(galeries couvertes)が続く石畳の通りは雨の日にも歩きやすく、独特の海港商人都市の景観をなしている。市庁舎はフランボワイヤン・ゴシック様式の名作。

海洋

ラ・ロシェル水族館

ヨーロッパ最大級の私立水族館。大西洋の魚介、サメ、クラゲ、熱帯雨林ゾーン、そして人気のペンギン水槽。雨の日や子連れ旅行にも頼れる、半日コースの観光スポット。

レ・ミニム港

ヨーロッパ最大級のヨットハーバー。約 5,000 隻の係留能力を持つ。旧港から自転車道で約 3 km、海辺の遊歩道を散歩しつつ向かう先には世界の船好きが集う風景が広がる。

歴史的建造物など

ラ・ロシェルには世界遺産はありません。

①サン・ニコラ塔(Tour Saint-Nicolas)
②鎖の塔(Tour de la Chaîne)
③灯台の塔(Tour de la Lanterne)
④大時計門(Grosse Horloge)

ラ・ロッシェル沖合の海上にぽつんと浮かぶ、19世紀ナポレオン時代に建てられた巨大な海上要塞島です。映画『冒険者たち』の舞台。

街道や古道

フランスからサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう4本の主要巡礼路の一つ、ヴィア・トゥロネンシス。聖マルタンの聖地トゥール(Tours)を起点に、ポワティエ、サント(Saintes)、ボルドーを経由してスペインへ抜ける最西端のルートです。中世、大西洋を渡ってラ・ロシェルに上陸したイギリス・アイルランドの巡礼者たちは、ここから内陸へ向かい、サントの手前でヴィア・トゥロネンシスに合流しました。海と陸の巡礼路が交わる港として、ラ・ロシェルは中世ヨーロッパの信仰ネットワークの中に深く組み込まれていたのです。

ラ・ロシェルは、1998年にユネスコ世界遺産に登録された「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の関連地域に接しています。ヴィア・トゥロネンシス(Tours → Saintes → Bordeaux)はラ・ロシェルの約80km東のサントを通過しており、中世には港から上陸した巡礼者たちがこのルートに合流していました。大西洋を渡ってきたイギリスやアイルランドの巡礼者にとって、ラ・ロシェルは「サンティアゴへの道」の出発点でもあったのです。

中世ラ・ロシェルを繁栄させたもう一つの道が、塩の交易ルートです。周辺の塩田で生産された「グリ・ド・セル(灰色の塩)」は、北ヨーロッパの魚の塩漬け保存に不可欠な物資でした。ハンザ同盟の商船がラ・ロシェルに集まり、塩を積んでバルト海へと運ぶ。その交易ルートは、現在のヨーロッパ自転車道EuroVelo 1の沿岸を辿るように、大西洋を縦断していました。今、サイクリストたちが走る大西洋岸の道は、かつて塩と富が行き来した中世の幹線だったのです。

料理とお酒

看板食材はムール貝や マレンヌ=オレロン産の生牡蠣。緑色がかった独特の色合いで、ミネラル感のある繊細な味わい。地元のオイスターバーで白ワインと合わせるのが定番の食べ方です。地元のムール貝を白ワインと玉ねぎで蒸した ムール・マリニエール もフランス西海岸を代表する家庭料理。シーズン(7〜2月)には必ず食べたい一品で、バゲットでソースを拭いながら食べるのがローカル流。

FOOD

ムール・マリニエール

新鮮なムール貝を白ワイン、エシャロット、パセリ、バターで蒸し上げたものです。特にこの地域では、カレー粉を少し加えたソースで仕上げる「ムクラード(Mouclade)」というアレンジも有名です。

詳細レシピを見る(外部リンク・仏語)

近郊のシャラント地方を代表する飲み物が2つ。ぶどう果汁とコニャックを混ぜて作る甘口の食前酒 ピノー・デ・シャラント は、冷やして牡蠣と合わせるのが地元流の王道。もう一つは言わずと知れた世界的なブランデー コニャック。街から東へ約80km、コニャックの街とその周辺が原産地で、ヘネシー、レミー・マルタン、マルテルなどの大メゾンが今も蒸留を続けています。

WINE

ピノー・デ・シャラント

作成中

お祭り

毎年 7 月中旬、約 1 週間

1985年に始まった「フランコフォリー・ドゥ・ラ・ロシェル(Francofolies de La Rochelle)」は、フランス語圏の音楽を中心とした国際音楽フェスティバル。フランス、ベルギー、カナダ・ケベック、マグレブ諸国、アフリカのフランス語圏から、ポップ・ロック・ジャズ・ワールドミュージックのアーティストが集まり、旧港周辺の屋外ステージや会場で連日演奏を繰り広げます。

「フランス語で歌われる音楽を世界へ」という創設者ジャン=ルイ・フォールの理念のもと、英語全盛の音楽シーンにあえてフランス語で挑戦するアーティストの登竜門としても機能してきました。ストリートライブや無料コンサートも多く、街全体が音楽に包まれる 1 週間です。期間中は宿の確保が困難になるため、早期予約必須。

土地の記憶

ラ・ロシェル旧港の入口にそびえるサン・ニコラ塔と鎖の塔は街の守護塔ですが、これらには「二人の恋人」の物語という伝承があります。かつて、この二つの塔は、離れ離れになってしまった二人の恋人の姿であるというもの。サン・ニコラ塔は騎士を、鎖の塔は乙女を表しており、彼らは街を守るためにまた再会を信じて、大西洋の荒波を挟んで永遠に見つめ合っているとされています。実際にこの二つの塔の間には、かつて大きな鉄の鎖が渡され、敵船の侵入を防いでいました。この物理的な鎖が、恋人の絆という伝説に昇華されたと考えられています。

フランス宗教戦争の最終章ともいえる「ラ・ロシェル包囲戦」は、1627年から14ヶ月にわたって続いた悲劇的な出来事です。ユグノー(プロテスタント)の最後の牙城として独立を維持していたラ・ロシェルに対し、ルイ13世の宰相リシュリュー枢機卿は陸と海から完全封鎖を実施。城壁に沿って長大な堤防を築き、イギリスからの支援物資を遮断し、市内を兵糧攻めにしました。包囲開始時に約28,000人いた市民は、1628年10月の開城時には約5,000人にまで減少していたといわれます。飢餓と疫病による壊滅的な人命の損失。降伏後、リシュリューは宗教的自由を一部認めつつも、ラ・ロシェルの城壁を破壊し、自治権を完全に剥奪しました。アレクサンドル・デュマの小説『三銃士』に登場する悪役リシュリュー枢機卿と、イギリス外交の暗躍を描く物語の背景にあるのが、このラ・ロシェル包囲戦です。小説の中でアトスたちが駆け回る戦場は、今のラ・ロシェルの旧市街と旧港。この近辺は飢えた亡霊が彷徨っているという怪談話が残っています。

ラ・ロシェルは、テンプル騎士団にとってフランス最大の港の一つ。1307年、フランス王フィリップ4世によるテンプル騎士団の弾圧が始まった際、多くの騎士たちがこの港から船出したとされています。伝説によれば、騎士団は彼らの莫大な財宝の一部は、ラ・ロシェル沖の大西洋の海底に沈んだ、スコットランドに運ばれた、あるいは市内のどこか秘密の地下道に隠したまま消え去ったなど、諸説あるそうです。

港町らしく、大西洋から深い霧が流れ込む夜、ラ・ロシェルの港では音もなく現れる白い帆船の伝説もあります。その帆船は風も波もない海を静かに滑り、人影も灯火もなく、ただ白くぼやけた帆だけが霧の向こうに浮かんでいたといいます。昔の船乗りたちは、その船を見た夜は海へ出てはならないと恐れました。嵐や海難の前触れとも言われ、近づこうとした船は二度と戻らなかった――そんな亡霊船の物語です。

サイクリング

「自転車共有」発祥の街にふさわしく、整備された自転車道網は約 250 km。
レ島・オレロン島・マレ・ポワトヴァンと、自転車旅向きの目的地が三方に伸びています。

ROUTE 1 · 約 20 km

海岸線プロムナード(旧港 〜 シャテリヨン)

旧港 3 塔を出発し、レ・ミニム港、コンクラン海岸、ル・ブイユ海岸を経て、漁村シャテリヨン=アンプリエまでほぼ平坦の海岸サイクリングロード。途中の Aytré ビーチで一休み、終点シャテリヨンの灯台前のオイスターバーで生牡蠣を食べる、というのが地元定番の半日コース。

ROUTE 2 · 約 50 km / 連絡橋経由

レ島連絡橋 と 島内サイクリング

街から北西へ 5 km、レ島連絡橋(Pont de l’île de Ré) を渡って島へ。橋上は自転車専用レーンがあり、上り坂と海風と対面ですが、橋を超えると別世界。島内には 110 km の自転車道網 が整備され、塩田・白い家・灯台・ホタテ漁村が点在。最初の村サブロンソー・シュル・メールで折り返すと約 50 km、丸 1 日コース。橋の通行料は自転車無料。

ROUTE 3 · 約 80 km / Vélo Francette 経由

マレ・ポワトヴァン(緑のヴェネチア)

街から北東へ、内陸の広大な湿原地帯マレ・ポワトヴァン(フランス西部最大の湿地、「緑のヴェネチア」と呼ばれる)へ向かう。Vélo Francette(フランス西海岸からノルマンディーまで縦断するナショナル・サイクルルート)を辿るコース。運河沿いを抜け、小さな村クーロンや、湿原ボートで知られるマイヨゼまで。湿原と森の中の静かな田舎、片道列車で戻ることもできる。

EuroVelo 1(フランス区間 = La Vélodyssée) がラ・ロシェルを通過。北はナント・ヴァンデー方面、南はロワイヤン・ボルドー方面へ続きます。La Vélodyssée はフランス大西洋岸 1,300 km をほぼ自転車専用道で結ぶ、EuroVelo 1 でも最も整備された区間。ラ・ロシェルは EV1 フランス区間の中盤 にあたり、北部の砂浜林とボルドー方面のワイン地区を分ける節目の街として、長距離ツーリストの多くが 2〜3 日滞在します。フランス国鉄 SNCF の TER ローカル線、TGV inOui でパリ・モンパルナス駅へ約 2 時間 50 分、輪行袋なしで自転車を載せられる便もあり(事前予約推奨)。

アクセスと交通

TGVでパリ・モンパルナス駅 → ラ・ロシェル=ヴィル駅まで 約 2 時間 50 分、片道 50〜90 €(早期予約で 30 €台もあり)。パリから日帰りも可能ですが、レ島サイクリングや海岸線を楽しむなら 2 泊推奨。Ouigo(LCC 高速鉄道)も同区間を運行。

SNCF TER または Intercités で ボルドー まで約 2 時間 / ナント まで約 1 時間 50 分。EV1 ライダーが輪行で足を伸ばす定番ルート。

ラ・ロシェル=イル・ド・レ空港(LRH)は街の北西 4 km。ロンドン、ブリュッセル、ジュネーブなど一部国際便あり。市内交通は Yélo ブランドのバス・水上バス・シェアサイクルが統合運営。徒歩 + レンタル自転車で街と港、海岸を巡るのが最も「ラ・ロシェルらしい」過ごし方。

ベストシーズン

5〜9 月 がおすすめ。気温 18〜25 ℃、晴天日数も多く、海岸とサイクリングのどちらにも最適。真夏(7〜8 月) は観光客が増え、レ島では宿が満室になりやすい — 7 月中旬のフランコフォリー期間中は特に早めの予約が必須。春の 4〜5 月 はまだ寒いがレ島の塩田・牡蠣養殖が動き出し、人少なく落ち着いて巡れる。冬 は風が強く雨も多く、サイクリングには厳しいが、石畳の旧市街が独特の美しさを見せる。